チャイコフスキー:弦楽四重奏曲集(ボロディン四重奏団)

ボロディン四重奏団のチャイコフスキーは何種類かあるようですが,そのうちの2つについてコメントします。

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チャイコフスキー:弦楽四重奏曲第一番,第二番
ボロディン四重奏団
ミハイル・コペリマン(Mikhail Kopelman)(1st Violin)
アンドレイ・アブラメンコフ(Andrei Abramenkov)(2nd Violin)
ドミトリ・シェバーリン(Dmitri Shebalin)(Viola)
ヴァレンティン・ベルリンスキー(Valentin Berlinsky)(Violoncello)
1979年12月(第一番),1978年4月(第二番),モスクワ
VDC-1139 (P)1986 Victor Musical Industries, Inc. (国内盤)
好録音度:★★★★★

この録音は最高です! 私の持っている弦楽四重奏曲のCDの中でも好録音度最高と言っていいくらいです。響きがうっすらと入っていますが,影響は全くありません。雑味が全くなくクリアなことこの上なし。収録現場の雰囲気や自然な音像という面は確かに希薄かもしれませんが,個々の楽器音の明瞭さが最優先の私にとっては何ら問題ありません。

録音だけでなく演奏も素晴らしいです。音楽の頂点に向かって鮮やかにギアチェンジし,キュッキュッと小気味よく加速していく,4つの楽器がある時は一つの生き物のように溶け合い呼吸し(この響きには本当に惚れ惚れします),ある時は競うように掛け合い,そして,そんな歯切れの良さ,意気を持ちながらも,どこか垢抜けない素朴な魅力に溢れている... チャイコフスキーのこの弦楽四重奏曲にぴったりとはまっています。第一楽章の展開部の頂点へ向かう盛り上がり,コーダでの推進力,うーん,素晴らしい! 感動!

この録音を聴いていると,なぜみんな残響でせっかくの音楽を濁そうとするのか,全く理解出来なくなります。素晴らしい音楽は残響の有無とは無関係に成立するということをこの録音が見事に証明しています。

この録音は過去LPとして全集が出ていて愛聴していました。CD化されたのは私の知る限りこれだけです。演奏も録音も優れているのに現役盤がなく入手性が悪いのは残念でなりません(私が知らないだけ?)。

現在,ボロディン四重奏団のチャイコフスキーで入手容易なのは次の全集です。

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チャイコフスキー:弦楽四重奏曲全集
第一番,第二番,第三番,変ロ長調,弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」
ボロディン四重奏団
ミハイル・コペリマン(Mikhail Kopelman)(1st Violin)
アンドレイ・アブラメンコフ(Andrei Abramenkov)(2nd Violin)
ドミトリ・シェバーリン(Dmitri Shebalin)(Viola)
ヴァレンティン・ベルリンスキー(Valentin Berlinsky)(Violoncello)
1993年1月 TELDEC-Studio, Berlin (第一番,変ロ長調,フィレンツェの思い出)
1993年1月 Snape Maltings Concert Hall (第二番,第三番)
WPCS-10837/8 (P)1993 Teldec Classics International GmbH, (C)2001 Warner Music Japan (国内盤)
好録音度:★★★
参考url: HMV Onlineicon (SHM-CDicon)

メンバーは同じです。1979年の録音に比べ,より彫りが深く円熟した印象を受けますが,小気味よさ,推進力は影を潜めてしまっています。録音も音を濁す反射音成分が多く冴えない印象でとても残念です。

好録音について考える(6) ~ 残響の理想的な取り入れ方2

前回に引き続き,理想的なエコータイムパターンを得るための考え方について述べます。

収録に使用するホール,演奏者の編成や配置,そのときの音響条件など,セッション毎にそれらの条件は様々変わります。これらの諸条件を鑑みて,(1)各楽器からの直接音をどのようにどんな距離感で捉えるか,(2)直接音と残響のバランスをどう取るか,(3)濁りの原因となる反射音をどう抑えるか,これらを見極めて適切なポイントを見つけることが重要になります。そしてこれらは全てマイクセッティング(どんなマイクを何本,どう配置し,どうミキシングするか)にかかっていると思います。

(1)の直接音の捉え方は,残響云々以前の基本です。近すぎてもきつくなりすぎますし,遠すぎても距離減衰によって鮮明さが失われてしまいますので,適切な距離感が非常に大事です。

(2)と(3)は似たようなことを言っています。反射音にしろ残響音にしろ,直接音を濁さないようにするためには,反射音や残響音の比率を,直接音によるマスキング効果によって気にならないようになる程度のレベルに抑えることが必要になります。

特に小ホールや教会などの比較的容積の小さな収録環境では,直接音に対して残響音の比率が高くなりがちです。また150msecという時間を割り込んで残響が届きやすくなり,音の濁りが発生しやすい条件が重なります。従ってこういう環境での録音は,大きなコンサートホールで収録する場合よりも,より注意深くバランスを見ていかなければなりません。このあたりはもう勘と経験,試行錯誤で最良のセッティングを探していくしかないでしょう。

録音の基本は結局のところ直接音をいかに適切に捉えるかにあると思うのです。雰囲気云々の前に,もっと音楽の核となる直接音を大切に扱って欲しいのです。そして直接音を適切に捉えた上で,調味料としての残響でいかに素材の風味を引き立てていくのかを考えて欲しいのです。

ブラームス:交響曲全集(ラトル/ベルリン・フィル)

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ブラームス:交響曲全集
サイモン・ラトル(Simon Rattle)(Condutor)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(Berliner Philharmoniker)
録音(CD):2008年10月29日~11月14日 フィルハーモニー,ベルリン
収録(DVD):2008年11月1日~11月14日 フィルハーモニー,ベルリン
TOCE-90097-99 (C)(P)2009 EMI Records Ltd. (国内盤) (CD 3枚 + DVD 2枚)
好録音度:★★★☆
参考url: HMV Onlineicon

私はEMIの録音は昔からあまり好きではありませんでしたので,今回も全く期待していなかったのですが,「EMIにしては上出来やん」という感想です。いわゆる「ピラミッド型のバランス」とでもいいましょうか,中低域の量感がすごいのですが,今までと違うのは,ブーミーでなくそこそこ締まっていること,響きもかなり取り込んで直接音に被りながらも濁った感じが少なく一定のヌケの良さを保っていることでしょうか。優秀録音と思われる方もおられるかもしれません。

中低域の量感が多すぎること,残響を取り入れすぎで見通しが悪くごちゃごちゃ感があり鬱陶しいことなどから,私の好きなタイプの録音ではなく「好録音度」も高くありませんが,それでもまあ何とかわずかにプラスイメージかなと。このタイプの録音は聴く機器や環境などによって印象が大きく変わってしまうのが欠点だと思っています。

私はラトルはほとんど馴染みのない指揮者で,何となく癖が強そうな先入観があったのですが,これを聴く限り王道を行く真っ当で聴き応えのある演奏でした。ベルリン・フィルの分厚い響きも迫力があり圧倒されます。これはなかなか良かったです。

タグ: [交響曲] 

好録音について考える(5) ~ 残響の理想的な取り入れ方1

残響の取り込みを肯定するつもりはないのですが,取り入れることを是とするならどのように取り入れるべきかを考えてみたいと思います。

これに関し,私が以前に参加したAES(Audio Engineering Society)日本支部主催のAES東京コンベンション2005のワークショップでのデヴィッド・グリジンガー氏(レキシコン)の講演が参考になりますので,まずこれを紹介します。

講演のタイトルは「サラウンド録音を成功させるには(心理音響,音響物理との関係をふまえた成功の秘訣)パート2」で,その中で,響きが多い空間でマイクが音源から遠すぎる場合に発生する“濁り”について言及がありました。以下,私の理解に基づいて要旨をまとめます。

  • クリアで濁りのない録音のためには,残響音のエコータイムパターンが重要
  • 直接音に対し,20-50msecの初期反射音と150msec以降の残響音,というパターンが理想的
  • 50-150msecの反射音は“濁り”につながるので抑える必要がある


初期反射音は直接音を補強するとともに音源の奥行き感,立体感を出す効果があるとのことです。50msecくらいまでということは,直接音との経路差はだいたい17mくらいになります。ステージだと後方の反射壁からの反射音がこれくらいでしょうか。残響は150msecより大きくなければならないとすると,直接音との経路差は50m以上必要になります。

上記の講演内容はそれなりに納得性があるように思います。残響がそれほどない,あるいは残響時間が短いのに,楽器音が曇ったり濁ったり感じられる録音によく遭遇しますが,これは50-150msecあたりの反射音レベルが大きいのではないかということが想像できます。

では理想的なエコータイムパターンを得るためにはどのように考えればよいか。次回これを考えたいと思います。

■参考url: デヴィッド・グリジンガー(David Griesinger)氏 Home Page
http://www.davidgriesinger.com/

好録音について考える(4) ~ 演奏と残響と録音

優れた演奏者は,演奏している空間の響きを感じ取りながら,聴衆に届く残響を計算に入れて楽器から発する音をコントロールしているはずです。そう思うと,音源からの直接音と残響のトータルで音楽が完成すると考えざるを得ません。しかし,録音を通して聴取者に届く音からは,演奏者が意図した本来のトータル効果はもはや得ることは出来ません。

従って,演奏者は,その演奏が録音を通して聴取者に届くとわかっているときには,残響のカクテルパーティー効果は期待できないとして,あらかじめそれを計算に入れ,残響の効果を期待しない発音コントロールをすべきだと考えます。

また録音の担当者も同様に,残響のカクテルパーティー効果が期待できないことを計算に入れ,(1)音の明瞭性を意識的に一段上げる(たとえば音源にもう一歩近づく),(2)残響音比率をカクテルパーティー効果が得られない分だけ意識的に下げる,といった音作り上の配慮をすべきと考えます。

こういったことを演奏者と録音担当者が意識を合わせて音をデザインして欲しいと思います。

好録音について考える(3) ~ 残響のカクテルパーティー効果

カクテルパーティー効果という用語をお聞きになったことがあろうかと思います。これは,パーティーのような騒がしい環境でも話し相手のしゃべっている内容がちゃんと聞き取れることを指しています。人間は周囲の騒音をフィルタリングして話し相手の声を取り出す能力を備えています。

しかし,例えばICレコーダで録音した音声を聞き直すと,その場で聞き取れたはずの相手の声が周囲の騒音に紛れて非常に聞きにくいといった経験はないでしょうか。これは,録音という行為によって,カクテルパーティー効果に必要となるその場の音響的情報がごっそりと削ぎ落とされてしまうためだと推察します。

私はこれが音楽における残響にも当てはまるのではないかと考えています。

音源から放射された音はあらゆる方向に放出され,壁面反射によって複雑で膨大な情報を持った音場空間を作り出します。その中にいる聴衆には,音源からダイレクトに届く直接音の他に,あらゆる方向からそれぞれ異なるタイミングで残響が届きます。聴衆は残響ではなく音楽そのものに注意を向けますから,残響を含む音の中から音楽だけを選んで聴き取ります。それは,カクテルパーティー効果に必要なその場の膨大な音響的情報があるから可能になります。

一方録音された音楽を聴く場合,メディアに収められる段階で,音楽と残響は一つの信号に混ぜられてしまいます。そしてそれを再生すると,聴取者には音楽も残響も等しくスピーカからの直接音という形で耳に届きます。聴取者はステレオ再生の両耳効果による心理作用(錯覚)によって仮想的に空間性を感じようとします。しかし,そこには録音現場にあった膨大な音響的情報はもはやなく,従ってカクテルパーティー効果は働きませんから,いくら音楽に注意を払っても残響を分離して音楽のみを聴き取ることはできません。

響きのよいコンサートホールでは音楽を楽しめるのに,それを録音したものは残響が鬱陶しくヌケの悪い冴えない音に感じてしまうのは,これが原因ではないかと推測します。

結局のところ,残響というものが形成する音場空間そのものが情報なのであって,そこから切り出した「残響音」自体には何の情報もないのではないかと思うのです。

最近発売されるSACDは大抵5.1chのサラウンド対応となっていますが,これはリアルな音場空間を再現しようとするアプローチであり,方向性としては正しいと思います。

■参考url: TOA株式会社 - 音が聞こえるってどういうこと?
http://www.toa.co.jp/otokukan/otomame/1-1.htm

好録音について考える(2) ~ 残響

次に残響について考えてみたいと思います。

音というのはご存じの通り1秒間に約340mの距離を進みます。例えば,音が発せられてから1秒後に届く音は約340mの距離を経てきています。音というのは距離減衰によって距離を経れば経るほど音が小さくなりますが,高域減衰という低域に比べて高域が落ちやすい特性によって,元々の音が持つ情報量がどんどん減っていってしまいます。(もちろん壁面反射の特性にも影響されます)

残響というのは,音源から発せられた音が壁面反射を繰り返し,音源からの直接距離の何倍もの経路を経て届く音です。あらゆる経路を経由して届くので,パルス的に発せられた音であっても連続的な残響音として聞こえてきます。残響はこのように長い経路を経てきた音ですので,それ自体には元々豊富に含まれていた音楽的情報はほとんど残っていません。

私は,残響というのは,いわば調味料のように働くものであると考えています。ほんの少量,上手く使ってやると,素材の持つ良さを引き立て,より美味しく味わうことが出来るようになります。しかし,それが過ぎたり使い方を誤ったりすると,素材の良さを損ない,一体何を味わっているのかわからなくなってしまいます。

前回,録音とは音楽のエッセンスをメディアという有限容量の器に収めることであるといった主旨のことを述べましたが,残響というそれ自体音楽的情報をほとんど含まない成分が増えると,その分音楽的情報を豊富に含む直接音の割合が減少してしまいます。私が残響を目の敵にする理由はここにあります。

結局,素材に対してどういう調味料をどういう配分で使うかということにかかっています。これが「優秀録音」と「好録音」を両立するキーポイント(そして難しさ)だと思うのです。私が思うに,多くの録音は調味料が多すぎて,あるいは調味料の使い方が悪くて素材の良さを損なっているものがあまりに多いと思うのです。(もちろん素材自身をどう捉えるかも重要なのですが...)

■参考url: TOA株式会社 - 体育館の音作り-1
http://www.toa.co.jp/products/manabiya/oto/3-4.htm
TOA株式会社は業務用音響機器の会社です。このページの一番下の方に高域減衰についての記述があります。残響と明瞭性の関係についても言及されています。PAの話ですが,参考になります。親ページの「なるほど音の教室」特集のページは,ざっと見た感じ,音響理論に基づいて正しくわかりやすく説明されており,好感を持ちました。

ベートーヴェン:交響曲第七番(クーベリック/バイエルン放送交響楽団)

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ベートーヴェン:交響曲第七番 イ長調 作品92
ウェーバー:歌劇「オベロン」序曲
ラファエル・クーベリック(Rafael Kubelik)(Conductor)
バイエルン放送交響楽団(Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks)
1970年3月31日~4月1日(Beethoven),1970年(Weber),ミュンヘン,ヘルクレス・ザール
ORG 1007 ※音楽之友社 レコード芸術企画盤 (国内盤)
好録音度:★★★★☆

レコード芸術誌の企画盤「レコード芸術 名盤コレクション 蘇る巨匠たち」(ドイツ・グラモフォン原盤)です。

オーケストラの録音に関して,「好録音」の観点ではなかなか満足できるものに巡り会えません。そんな中で,「これはいい!」と思える数少ない「好録音」の一つです。各楽器が直接音主体に明瞭に分離良く聴こえてきます。残響も控えめで必要最低限に抑えられ,楽器音をほとんど濁していません。クリアで見通しの良い録音です。マルチマイクによる録音だと想像しますが,その良さが活かされていると思います。最近の新譜でこのようなタイプの録音にお目にかかることが滅多にないのですが,その良さを見直して欲しいものです。

演奏は至極スタンダードな佳演です。特徴ある演奏が多数出てきている昨今においても輝きを失っていませんし,スタンダードであるが故に何度聴いても色褪せず飽きることもありません。このような素晴らしい演奏が「好録音」で残されたことに感謝です。

LP時代に最初に買ったベートーヴェン第七番が確かこの演奏で,レコード芸術誌の企画盤として出たときに「これだ!」と思って飛びついた記憶があります。入手できて幸運でした。この録音のすぐ後に録音された9つのオーケストラとの全集の第七番(オーケストラはウィーン・フィル)も聴いてみましたが,こちらの方が気に入っています。現役盤があるのかどうか把握出来ていないのですが,もしないならぜひ復刻して欲しいところです。

タグ: [交響曲]  [愛聴盤] 

チャイコフスキー:後期交響曲集(ムラヴィンスキー/レニングラード・フィル)

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チャイコフスキー:後期交響曲集
交響曲第四番ヘ短調作品36
交響曲第五番ホ短調作品64
交響曲第六番ロ短調作品74「悲愴」
エフゲニー・ムラヴィンスキー(Evgeny Mravinsky)(Conductor)
レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団(Leningrad Philharmonic Orchestra)
(第四番)1960年9月14-15日 ロンドン,ウェンブリー・タウンホール
(第五番)1960年11月9-10日 ウィーン,ムジークフェラインザール
(第六番)1960年11月7-9日 ウィーン,ムジークフェラインザール
UCCG-3312/4(459 529-2) (P)1961 Polydor International GmbH, Hamburg (国内盤)
好録音度:★★★★
参考url: HMV Onlineicon

このチャイコフスキーの後期交響曲集,超有名なのでもう説明の必要はないと思います。指揮者の無謀とも思えるテンポ要求にも一糸乱れず合わせてくる,その鍛え上げあれた軍隊的な統率感に背筋がゾクッとします。中でも第五番が屈指の出来栄えだと思います。愛聴盤です。

しかし,私がここで触れたいのはそういうことではなくて,もちろん録音についてです。一つ前のエントリで,音楽のエッセンスをいかに上手く抽出して収めているかが「好録音」のポイントだと述べましたが,この録音はまさにこの好例であると考えています。

この録音の良いところは,要所要所で「これは聞こえて欲しい」と思う楽器の音の動きがしっかりと聞こえてくるところです。金管が咆哮する場面で弦楽器がかき消されることもありません。個々の楽器の質感もそこそこ保たれています。音楽のエッセンスが詰まった情報量の多い録音とは,例えばこういう録音のことだと思うわけです。1960年の録音で音は古びていますし,「録音が良い」という評判は全く聞いたことがありませんが(まあ当然といえば当然ですが...),音楽を存分に楽しめるという点で間違いなく「好録音」です。

このCDをお持ちの方は,改めてこういう観点で聴いてみてください。

私が最初にこの演奏に触れたのは廉価版のLPでした。その後CD化されるのを待ちわびて買ったのが2枚組のCDでした(→HMV Onlineicon)。今はもう少し安いものがあるみたいです(→HMV Onlineicon)。最近はSHM-CD版もあるようです(→HMV Onlineicon)。ただ,2枚組だと一番好きな第五番の途中でCDを取り替えなければならず,これが嫌で3枚組の国内盤に買い換えました(→HMV Onlineicon)。(2枚組の国内盤がまた出るのかな???→HMV Onlineicon)。

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好録音について考える(1) ~ 録音

私の好録音の考え方については『「好録音」について(08/06)』で簡単に説明しましたが,こういう録音にフォーカスしたブログをやっていく以上,なぜそういう考えに至ったのか,その理由や背景についてもう少し詳しく正しく皆さんに伝えておきたいと思っています。とはいえ,実は私自身も十分に頭の中が整理できていない状態ですので伝えようがありません(^^;。このブログ上で考えを整理しつつ少しずつお伝えしていきたいと思っていますので,気長にお付き合いいただければ幸いです。

今回は「録音」について考えてみます。

録音とは,音楽が演奏されている空間の音を切り取り,信号に変換してメディアという器に収めることです。音楽が演奏されている空間は音で満たされ無限とも思える膨大な音響的情報量を持っています。これを空間上のたかだか数カ所のピンポイントに設置されたマイクで捉えて,最終的にはわずか2chの信号にまとめられてメディアに収められます。

メディアという有限な容量の器に収められる情報量はたかが知れています。収録空間の膨大な情報量に比べれば微々たるもので,この観点では,たとえばCDをSACDにしようがたいして変わりません。『「好録音」について(08/06)』で私の好録音の観点ではメディアの性能差はほとんど関係ないと述べた理由の一つがこれです。

従って,この限られた容量の器に何をどう収めるのかが非常に重要になります。私は,音楽としての情報量を出来るだけ多く持った音をどれだけ上手く詰め込んでいるか音楽のエッセンスをいかに上手く抽出して収めているか,これが「好録音」のポイントになると考えています。

今後,もう少し具体的に考えていきたいと思います。

バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ(ダヴィド・グリマル)

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バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ全曲
ダヴィド・グリマル(David Grimal)(Violin)
Recorded in september and december 2008 at the Opera de Dijon (France)
Ambroisie AM 181 (P)(C)2008 Naive (輸入盤)
※パルティータ第二番を収めたDVDが付属
好録音度:★★★★☆
参考url: HMV Onlineicon

グリマル氏2回目の録音。演奏については「CD試聴記」にてコメントしていますので,そちらをご参照ください。

これは「優秀録音かつ好録音」の一例として挙げられるのではないかと思います。直接音比率が高いので明瞭感・解像感が高く,また,高域の伸び感も十分にあります(ややきついと思われる方もおられるかも)。残響は少し多めでしかも残響時間が長いのですが,後方にふわっと広がって奥行き感を出しており,直接音に被って濁すようなことはありません。

残響を取り入れることを肯定するつもりはありませんが,もし取り入れるならこういう具合にやって欲しいものです。これなら演奏のニュアンスもきちんと伝わってきますし,楽器の質感もそこそこ感じられますから,十分私の許容範囲に入ります。

バッハ:無伴奏チェロ組曲全曲(安田謙一郎)

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バッハ:無伴奏チェロ組曲全曲
安田謙一(Ken Yasuda)(Cello)
1975年録音,埼玉県川口市民会館ホール
DENON OX-7045-7-ND 1976年6月25日発売 (国内盤) (*LP)
好録音度:★★★★★

いつもお世話になっているT.Y.さんのご厚意によりこの貴重なLPレコードを聴かせていただくことが出来ました。演奏については「CD試聴記」にてコメントしていますので,そちらをご参照ください。

それにしてもこの録音には驚きました。ホールでの録音にも関わらず,すぐ傍で私のために弾いてくれているような親近感のある録音です。ホールの響きはほとんど気にならないレベルに抑えられており,細やかなニュアンス,楽器の質感が損なわれることなく極めて自然な音で伝わってきます。

演奏自体も大きなホールで多くの聴衆を相手に演奏するような感じではないので,演奏の持つ雰囲気と音の捉え方が最高にマッチしています。この点も含めて,まさに私の思い描く「室内楽はこうあって欲しい」という「好録音」の一つの典型と言えます。演奏の素晴らしさをストレートに伝えてくれるという意味で,私が今までに聴いたバッハ無伴奏チェロ組曲の中でも屈指の録音ではないかと思います。

残念なことに,この演奏はまだCD復刻されていません。DENONから高品質な正規盤として復刻されることを,そして,こういう音の捉え方がいかに素晴らしいかということが再認識されることを期待します。DENONさん,ぜひよろしく!

タグ: [器楽曲]  [チェロ] 

「好録音」について

「好録音」に対する私の考え方について少し説明しておきます。

私の言う「好録音」とは,オーディオ誌等で言われる「優秀録音」とは異なります。あくまで私の主観であり,また,はっきりと自分の中で定義できているわけではないのですが,あえて書くと,

  (1) 楽器そのものが発する音の質感をストレートに伝えてくれる録音
  (2) 奏者が楽器を通して発する表現のニュアンスを余さず伝えてくれる録音
  (3) ハイファイオーディオ機器でなくても音楽が十分に楽しめる録音

といったところではないかと思っています。そして,より具体的には,

  (a) 間接音(響き・残響)より楽器からの直接音が支配的で純度・明瞭度が高い
  (b) 楽器音を適切な距離感で捉えている
  (c) 高域のヌケがよく,こもり感がない
  (d) 音色が自然で(響きなどの外的要因による)色づけがない

といったあたりがポイントになります。これらは録音環境,マイクセッティング,ミキシング・マスタリングで九割九分決まると思っています。例えばCDやSACDといったメディアの性能差は「好録音」の観点ではほとんど関係ありません(もちろん一定水準を満たしている前提で)。

レコード芸術誌やSTEREO誌で紹介される,いわゆる「優秀録音」もよく聴きますが,楽器そのものの音よりも収録環境の音場の再現に力が注がれた音場重視型の録音が傾向として多いように感じます。こういう録音は,総じて,(a')間接音が支配的で,(b')距離感があり(音源が遠い),(c')高域のヌケが悪く,(d')収録環境の癖のある響きで色づけされているように思います。(かつて一世を風靡したDENONのインバル/フランクフルト放送交響楽団によるワンポイント・ステレオマイクによる録音が典型例かと)

これらの「優秀録音」は,確かにハイファイオーディオシステムで聴くと良い音場が再現できるのかもしれませんが,そうでないシステムで聴いた場合には,残念ながらたいてい冴えない音になってしまいます。そして「優秀録音」になれなかったその他多くの優秀録音くずれの録音は・・・

残念ながら「優秀録音かつ好録音」はあまり多くないのが現状です。より多くの人が音楽を楽しめる「優秀録音かつ好録音」盤がもっと増えて欲しいと願っています。そういう観点で,このブログが少しでも貢献できればと思っています。

乱文失礼いたしました。

ミカラ・ペトリ:リコーダー協奏曲集

cover picture (a) cover picture (b) cover picture (c)

(a) リコーダー協奏曲集
ヴィヴァルディ:ソプラニーノ・リコーダーのための協奏曲 ハ長調 RV.443
G.サマルティーニ:ソプラノ・リコーダーのための協奏曲 ヘ長調
テレマン:アルト・リコーダーのための協奏曲 ハ長調
ヘンデル:アルト・リコーダーのための協奏曲 ヘ長調 作品4の5
日本語解説書の記載:1979.6.26-27, Henry Wood Hall
オリジナルの解説書の記載:London, 7/1980
Philips 32CD-42(400 075-2) (C)1980 Phonogram International (国内盤)
 愛聴盤   リファレンス音源  好録音度:★★★★★

(b) リコーダー協奏曲集
ベイベル:ソプラノ・リコーダーのための協奏曲 ハ長調 作品3の1
ヘンデル:アルト・リコーダーのための協奏曲 変ロ長調 作品4の6
バスタン:ソプラノ・リコーダーのための協奏曲第二番 ニ長調
ジェイコブ:アルト・リコーダーのための組曲
1982年6月20-30日,ロンドン
Philips 32CD-433(411 056-2) (C)1983 Phonogram International (国内盤)
 愛聴盤  好録音度:★★★★★

(c) リコーダー協奏曲集
マルチェッロ:ソプラノ・リコーダーのための協奏曲 ニ短調
ヴィヴァルディ:ソプラニーノ・リコーダーのための協奏曲 ハ長調 RV.444
テレマン:ソプラノ・リコーダーのための協奏曲 ヘ長調
ノード:ソプラノ・リコーダーのための協奏曲 ト長調 作品17の5
1984年6月8-10日,ロンドン,ヘンリー・ウッド・ホール
Philips 32CD-211(412 630-2) (C)1985 Phonogram International (国内盤)
 愛聴盤  好録音度:★★★★★

ミカラ・ペトリ(Michala Petri)(Recorder)
アイオナ・ブラウン(Iona Brown)(Conductor)(a)
ケネス・シリート(Kenneth Sillito)(Conductor)(b)(c)
アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ(Academy of St Martin in the Fields)

参考url: オフィシャルWebサイトHMV Onlineicon

ミカラ・ペトリの初期の頃の協奏曲集です。完璧な技巧に加えて純粋無垢で透明な音色は何物にも代え難い魅力があります。もう何も言うことはありません。やっぱり特に素晴らしいのはソプラニーノ・リコーダーで演奏される(a)のヴィヴァルディです。曲も良いし演奏も最高! もう何百回聴いたかわかりません。あとは,親しみやすいメロディーが印象的な(a)のサマルティーニ,短いながらも愛らしい佳作の(b)のベイベル,楽しさ溢れる(c)のノード,などが気に入っています。

そしてこれらの録音がまた最高に良いのです。わずかに感じられる残響もほとんど邪魔にならず,リコーダーの澄んだ音色を余すところなく捉えているほか,バックの弦楽器も明瞭かつ自然な音でリコーダーの音を支えています。もう30年近く前の録音なんですねぇ...昔のフィリップスの録音は本当に良かった...(←年寄り臭いですなぁ) 好録音度は文句なしに最高です。

ということで,これらのCDは長い間私の愛聴盤になっています。

これらのCDは単体では現役盤はないようですが,リコーダー・ソナタ集と組み合わせた4枚組の企画盤「ミカラ・ペトリ:リコーダーの芸術」というセットが出ているようです(→HMV Onlineicon)。