クラシックの録音における残響の問題について

昨日の記事に関連して,最近感想を書かせていただいたいくつかの無伴奏ヴァイオリン/無伴奏チェロの録音で感じた問題をもう少し具体的に述べたいと思います。私が感じる問題は下記の3点です。

(1)残響過多=楽器音と間接音の主従関係の逆転
これは昨日の記事にも書いた点です。楽器の音が第一優先<主>,残響などの間接音は補助的なもの<従>。この主従関係が崩れ,明らかに楽器音よりも間接音の方が<主>になっています。これによって音楽を楽しむ上で大切な音色や質感,ニュアンスが隅に追いやられ,失われているのです。この主従関係を意識した適正な収録・編集が必要と考えます。

(2)残響の<質>が悪い
残響の<質>に関しては,過去に書いた記事「好録音について考える(5) ~ 残響の理想的な取り入れ方1」を参考にしていただければと思います。

上記の記事の中で引用したレキシコンのデヴィッド・グリジンガー氏によると,
  • 直接音に対する遅延が50msec以下の初期反射音は直接音を補強する役割がある
  • 遅延が150msecより大きなものは残響として有効
  • 遅延が50-150msecの反射音は“濁り”の要因となるため抑えなければならない

とされていました。間接音はむやみに取り入れれば良いというものではなく,<従>の役割をきちんと果たすものを選んで取り入れるよう,マイク設置や編集で気を遣わなければならないということです。前述の問題のある録音は,楽器音を大きく濁していることから,間接音の適切な取捨選択が出来ていないと考えられます。

(3)残響が楽器音から分離しない
良質なコンサートホールで聴く演奏は,間接音が多くても楽器音はそこそこ明瞭に聴くことが出来ます。これは過去の記事「好録音について考える(3) ~ 残響のカクテルパーティー効果」にも書きました。ホールの空間を満たす音響は膨大な情報量を持っており,人間はこの情報を使って楽器音と間接音を上手く分離して聴き分けているからではないかと考えています。

しかし,録音しメディアに収めるということは空間を満たす音響のごくごくわずかな情報を切り取り,楽器音も間接音も一緒くたに2chの信号にまとめてしまうということです。そして楽器音も間接音も区別なく一緒くたに再生されます。聴く人は,これを頭の中で「錯覚」という能力を使って仮想的に分離して聴かなければなりません。前述の問題のある録音では,これが一緒くたになったまま全く分離できません。分離するための膨大な情報がほとんど含まれないのですから,何の工夫もなければこうなってしまいます。

これには「錯覚」を上手く起こさせる技術が必要になってきます。位相を意図的に操作すると違和感が生じることもあるため,あくまで自然さを保ったまま楽器音から分離し,空間的な広がりを感じさせるように収録から編集までトータルなコントロールが必要でしょう。

私は録音は素人以下なのであくまで仮説ですが,楽器を定位させるには左右chの相関が関係することから,定位させずに広がりを持たせるのもこの左右chの「相関」が鍵になると考えます。少なくとも左右chの残響成分が無相関であれば楽器の定位から外れ,違和感なく広がりを持たせることができるのでは?と思います。まあここはプロの方の得意分野でしょうからお任せするしかありません。
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昨日の記事でも書いた通り,私は残響を嫌っています。しかし,豊かな残響が含まれる録音を好む方も多数いらっしゃいますから,残響を排除した録音というのは残念ながらほぼ期待できません。少なくとも上記の3点を配慮して残響を取り入れた録音をしてくだされば,私のような嗜好を持った者でも納得する録音ができるであろうと思います。 (本当はもちろん「残響ありき」の固定観念から脱却して欲しいんですけどね...)

せっかくの素晴らしい演奏を録音で台無しにしないで欲しい... これが私の望みであり,お願いです。

なお,私の録音に対する考え方は,以前より何度かこのブログ上でも述べています。「好録音について考える」カテゴリも併せてご参照いただければと思います。

長文・乱文,失礼しました。

■ この記事へのコメント

こんにちは。
何時もながら熱心で真摯なブログ記事に頭が下がる思いで読ませてもらっています。
今回は遅ればせですがヒラリー・ハーンの例に接して、より具体的にT.Sさんの「好録音」イメージがわかったようです。

こと音楽やオーディオに関しては、言葉だけではなかなか正確にはお互いの意思や感性が伝わり難く、演奏評などに見られるリスナーの「評価」も様々で、私も参考にして当てが外れる経験もしばしばです。
これはプロの評論家諸氏のいわゆる推薦盤表示においても似たようなもので、結局は自分で買って聴いてみてでないと....という結論に至っています。(再生システムが違えば避けられない現象ですネ)

その点、録音に関しての情報はT.Sさんの情報がもっとも親鸞が出来ると感じておりますが、如何せん対象として挙げられたCDの傾向が、私の注目する演奏、演奏家とはやや遠いという事で残念に感じています。
が、これは個人の嗜好によるものですからやむ得ないと諦めるしかありません。

さて、このハーンの演奏をサンプルに上げての「好録音」の定義は十分理解できました。無響室とまではいかないでしょうが、ほぼそれに近い直接音から得られる情報量はご指摘のとおりとおもいます。
最近の新しい録音傾向は、人工のエコーかホールのアンビエンスマイクかは別にして、いわゆる響きの多い(美麗な音に聞える)傾向が感じられて感興をそがれる場面が少なくないので面白くありません。
発売側は当然「売れ筋の良い」商品を第1のコンセプトに録音製作作業をするわけですから、より一般に好まれる音盤つくりに傾くのは仕方ないでしょうね。(笑)

で、恐縮ですが私見を少し。

「残響が楽器音から分離しない」のは仰せの通り論外ですが、私は音楽を楽しむ上で、「残響が楽器音とは分離していれば」必要と思っています。
野外演奏は特別な場合で、99%は限られた室内空間で演奏されます。程度の差はあっても、反響、残響音は楽器本体の音に付加されて記録されます。それが適切な場合、ホールを含めての音響として、私は心地よさを感じます。(例えば、ご指摘のマルティノンの「悲愴」やアンチェルの「新世界」)
つまり、私は録音ホールは楽器の一つと看做されると思っています。
(昔のdeccaが使っていたソフィエンザール、チェコフィルハーモニーのルドルフィヌム etc.)

無論、ホールさえ良ければOKという図式は成り立たず、マイクアレンジや編集作業でのプロデューサ、エンジニアの感性と技術に負うところ多しでしょうが。
(ルドルフィヌムを遣ったEXTONのズデ二ェク・マーツァルのチャイコフスキー4番:音は忠実に拾っているが、まるで活気が無く、聴いていてもドーパミンは少しも分泌されませんー笑)

デッドな録音の代表として、バルビローリ/ハレ管のチャイコフスキー3曲。特に近接マイクとは思えませんが、シャ-プな音録りで演奏もしっかりしているのですが、演奏能力優秀さや譜面を彷彿とする解像度にも拘わらず楽しめません。
他にもこの傾向の録音はありますが一例として。

余談ながら、T.Sさんの録音はさて置きの音楽や演奏の嗜好はどうなのか、非常に興味をもって訪問させてもらっています。
ただ一つ、私はヘッドフォンは使いませんで、大型の装置で実寸大に近い音量で聴いています。そのあたりの差はあるかもしれませんねー笑
是非一度、酔狂な気分になれましたら「トロイアの女たち」http://www.amazon.co.jp/%E3%83%88%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%81%AE%E5%A5%B3%E3%81%9F%E3%81%A1-%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%BC/dp/B0000677HI/ref=sr_1_12?s=music&ie=UTF8&qid=1454065785&sr=8-12&keywords=%E3%83%88%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%81%AE%E5%A5%B3
をお聴きになって頂きたいと思います。
やがて忘れられる音楽とは思いますが、私は訴えるものを感じましたし、録音も秀逸です。
長文で失礼しました。
2016.01.29 at 20:17 #- URL [Edit]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2016.01.31 at 11:50 # [Edit]
T.S.
田舎爺さん,興味深いコメントをありがとうございます。

私の録音評に関して参考になるとのコメントは大変勇気づけられるもので有り難く存じます。音楽の嗜好が異なるのは何とぞご勘弁ください(笑)。

録音における残響の処理というのは本当に難しいと思います。残響のないデッドな録音であれば私の好みに合うかと言えば,必ずしもそうではなく,そんな単純な話ではないというのはたくさんの録音を聴いてきて感じるところです。また,残響が豊富にあっても納得できる録音もあります。

ただ,やはりあまりにも残響の質の悪い録音が多すぎるという思いに変わりはありませんので,残響がない方が良いという基本スタンスで訴えている次第です。

そしてそれ以前に,個人的には,特に室内楽や器楽曲は,ホールで聴くよりも自宅のリビングに演奏家を招待して音楽をもっと身近なものとして楽しみたいというのが夢なのです(これは別の記事で何度か書きました)。不可能ではないにしてもかなりハードルの高い話です。それを録音を通して実現してもらえたらこんなにうれしい話はないと思っています。それに極めて近い体験をさせてくれる録音が,例のヒラリー・ハーンのYoutube動画という訳です。クラシック音楽の楽しみ方はいろいろあります。今の録音はホールでの録音に偏りすぎと思うのです。

ご紹介いただきました「トロイアの女たち」は聴いてみたいと思いましたのでamazonで注文しました。聴いたらまたコメントしますね。
2016.01.31 at 17:13 #- URL [Edit]
T.S.
田舎爺さん,こんにちは。
ご紹介いただきました「トロイアの女たち」を手に入れて聴かせていただきました。せっかくですので感想を別エントリーで起こしたいと思います。興味深いディスクをご紹介いただきありがとうございました。頓珍漢なコメントをしていましたらツッこんでくださいね(^^;。
2016.02.06 at 11:15 #- URL [Edit]

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