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リピートの省略について思うこと

私はリピートを律儀に行っている演奏が好きです。同じ部分を二度聴きたいということではありません。リピート記号をはさんで頭に戻ってまた始まる,この音符の時間的な流れはリピートをするからこそ始めて生まれます。この音符の流れを聴くのが好きなんです。この一瞬のためにリピートをして欲しいと言っても過言ではありません。私は私なりにリピートの音楽的価値を感じています。リピートが省略されていると,単に二回あるべきところが一回になったという以上に,何かを失っているように感じるのです。本来あるべき音楽のつながりが失われているからではないかと思っています。

ですので,リピートが省略されていると,かなりがっかりします。グールドのゴルトベルク変奏曲でさえ,素晴らしい音楽に心躍りながらも,一方でリピートが省略されていることに腹立たしさを覚えながら聴いています。これに限らず様々な演奏でリピートの省略が見られます。そんな演奏に出会う度に「あぁ,またか...」と思ってしまうのです。

私がリピートを行って欲しい理由は上述の通りですが,そもそも,なぜリピートを持つ形式が生まれてきたのか,そしてなぜ作曲家はその形式を採用したのか,ということを考えると,それはその形式の音楽的価値を認めたからに他ならないと思うのです。そしてそれを演奏者への指示としてその手でリピート記号を楽譜に書き込んでいるのです。

Webを見ていると,なぜリピートが省略されるのかについての記述がいろいろと見つかります。しかし,どの理由を見ても,それは作曲者の意志というよりは,演奏者側の論理,自己都合にしか私には見えませんでした。明らかに冗長で省略する方が音楽的価値が上がるケースもあるかもしれませんが,どちらかといえば省略することによって音楽的に何かを失うケースの方が多いのではないでしょうか。

私にとってリピートが省略された演奏は,極論すれば,音楽を心底楽しむための最低限のスペック(仕様)を満たしていません。私たち音楽愛好者は演奏という「商品」をお金を出して買うわけですから,スペックを確認した上で購入したいわけです。しかし,このリピートを行っているか省略しているかという重要なスペックが示されているものは皆無です。これはちょっと納得がいきません。

さらに,リピートをどう扱うかはその演奏家がその作品に対してどう向き合っているのかという姿勢そのものですから,省略するならどういう考えでそうしているのかも併せて示してもらえると,私たち一般の音楽愛好者にとっても音楽を理解する手助けになると思うのです(といいますか,パッケージにスペックを明記しないのであれば,その説明責任があるのでは?...っていうのはちょっと言いすぎでしょうか)。今後はレビューの中でリピートの省略について気がついた範囲で出来るだけ触れていきたいと思っています。

リコーダー奏者の本村睦幸さんは自身のブログ上で「アリアリ主義宣言」をされています(「アリアリ」については本村氏のブログをご参照下さい)。アリアリ主義,大賛成です。是非広まって欲しいものです。たかがリピート,されどリピート。

戯言にお付き合いいただき有り難うございました。

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