バッハ:ゴルトベルク変奏曲(曽根麻矢子)(2008年録音)

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バッハ:ゴルトベルク変奏曲
曽根麻矢子(Mayako Sone)(チェンバロ)
2008年9月6日~8日 パリ音楽院スタジオ
AVCL-25441 (P)2009 AVEX ENTERTAINMENT INC. (国内盤)
好録音度:★★★☆
参考url: HMV Onlineicon

曽根麻矢子さん10年ぶり2回目の録音です。この演奏ですが,私には生理的に合わないような気がしてきました。ところどころでごく微妙な『ため』が入るのですが(例えば1拍目の裏拍や2拍目などに),これがどうも私には駄目なようです。心の中でリズムを,呼吸を感じながら音楽を聴いているのですが,その『ため』によって感じているリズムと微妙にずれるため,「うっ」と胸が詰まりそうになってしまいます(本当に胸が苦しくなります)。残念ながら音楽を楽しむ以前に身体が音楽を受け付けてくれません。それほど大きな『ため』ではないため(西山まりえさんのゴルトベルク変奏曲に比べれば全く普通です),BGMのようにボーッと聴いている時には大丈夫なのですが,真剣に聴き始めると駄目なのです。

私が日頃聴いているバッハの無伴奏ヴァイオリンや無伴奏チェロでは,もっとはるかに大きな『ため』や緩急が入ります。しかし,これらで胸が苦しくなることはまずありません。それらは大抵自然な呼吸や運弓の都合で入るものであり,これは私にも感覚的に理解できますので,問題なく心の中で合わせることが出来るのだと思います。私は鍵盤楽器演奏の呼吸や演奏の都合などはよくわかりませんが,今まで少ないながらも聴いた演奏の中ではこのような苦しくなるということは西山まりえさんのゴルトベルク変奏曲以外にはほとんどなかったと記憶しています。

私にとって音楽を聴くという行為は,演奏者とのアンサンブルだと思っています。こういう自然な呼吸から外れる『ため』や間合いが入るとアンサンブルが難しくなります。残念ながら私は曽根さんのこの演奏とはうまくアンサンブルが出来ません。 こういう聴き方自体が間違っているのでしょうか?(でも身体に染みついた聴き方なのでどうしようもありません...)

私のような聴き方をしない人にはきっと何の問題もない好演奏なのでしょう。1回目の録音と聴き比べると,この録音までの10年間の音楽的な深まりは明らかで,2回目の録音をされた理由がわかる気がします。ただ,それと私の好みとは(身体が受け付けてくれるかどうかを含めて)また別の問題です。

チェンバロは打鍵での強弱が付けにくい楽器なので,リズムの伸縮や装飾で個性を出そうという傾向があるのかもしれません。チェンバロは決して嫌いな楽器ではないのですが,このようなことから私と相性が悪いのかもしれません。

録音ですが,大いに期待していたのですが,残念ながら期待外れでした。「旬の音本舗 福田屋セレクション」に納められていた平均律クラヴィーア曲集の録音と聴き比べると,かなり落差があります。平均律の直接音主体に楽器自体の響きを極めて美しく捉えた録音に比べ,明らかに間接音比率が高く,高域の伸び感がなく音がくすんで全く冴えません。録音環境の雰囲気を捉えているといえばそう言えるかもしれませんが。しかし,なぜ平均律であれほど良い録音をしておきながら,ゴルトベルク変奏曲でこの録音なのか,納得いきません。チェンバロという楽器は本来もっと澄んだ響きがするはずです。

ということで,私としては,演奏・録音とも本当に残念なCDでした。辛口コメントで申し訳ありません。

さて最後にリピートに関して。曽根さん自身が解説書で「おまけ話」として,「繰り返し」を全て録音したが,CD1枚に収まりきらないことがわかったのでところどころカットした,と書いておられます。ちょっと唖然とするのですが,リピートをきちんと演奏することよりもCD 1枚に収めることの方が優先されるのですね... ちなみに収録時間は69:42でした(カットしすぎじゃないですか?)。私が「リピートの省略について思うこと」で書いた説明責任は果たしてもらっているのですが,こんな説明ならない方が良かった...

(Side Bからの移行記事) [バッハ][器楽曲][チェンバロ]

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