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ストラディヴァリウス

モーストリー・クラシック誌vol.155 2010年4月号は「人類の遺産 ストラディヴァリウス」という特集でしたので,普段は買わないのですが興味をそそられたので買ってみました。まだ読めていません。

私はストラディヴァリウスには興味がありますが,どちらかといえば見方は醒めています。

ストラディヴァリウスというのは書籍:弦楽器のしくみとメンテナンス[マイスターのQ&A]で著者の佐々木さんが述べられているように秘密などはなく,木材の経年変化のアドバンテージを持つ丁寧に造られた単なる素晴らしい楽器である,という見解が的を射ているのではないかと思っています。たとえば,現代に製作された優れた楽器と比較したとき,そのアドバンテージは木材の経年変化による振動特性の違いくらいじゃないかと思う,ということです。

私はCDやコンサートでヴァイオリンの音色を聴いて「この人はいい音を出すなぁ」と思うことはあっても「この楽器はいい音がするなぁ」と思ったことはありません。個々の楽器に当然音色の違いはあっても,聴き手側に届く印象としての音色の99%はその人固有の音ではないかと。音の違いは実際には聴き手にはなかなか伝わらないと思うのです。「良い音」というのは個々の人によっても違いますし。

それではなぜここまでストラディヴァリウスがもてはやされるのか,これはきっと演奏家の立場でなければ理解できないんだろうなと想像しています。楽器の違いは演奏を傍で聴いている人に比べて演奏している人はその何十倍,何百倍も差を感じているはずです。弦楽器の経験のある方ならこの感覚はわかると思います。そして自分のアクションに対する楽器からのフィードバックを感じて,「この反応ならこんな表現も可能だ」とイマジネーションが広がっていく,つまり,音が変わるのではなくて音楽表現そのものが変わる,というのがストラディヴァリウスの本質ではないかと思うのです。なので,相性や,それを活かせる人,活かせない人が出てくる。

何かの本で,ストラディヴァリウスと他の楽器の厳密な聴き比べをやって有意な差が出なかったという実験結果を読んだ気がしますが,私からすると,そんなことやっても全く無意味,そもそも実験のやり方,観点がずれている思います。いや,ストラディヴァリウスの良さはそんなところにあるのではないということが証明されたということで,とても有意義なテストであったと言えるかもしれませんね。

と,日頃思っていることをとりとめもなく書いてしまいました。お付き合い有り難うございました。

「スコアの読みが深い」演奏とは?

「スコアの読みが深い」演奏という評を時々見かけます。Googleでこの文章そのままで検索しても結構な件数がヒットします。「スコアの読みが深い」演奏ってどんな演奏なんだろう? 読みが深い演奏と浅い演奏では具体的に何がどう違ってくるんだろう?っていつも思います。 まさか「これってちょっとスコアを深読みしすぎてるんじゃねぇ?」ってことではないですよね(^^;。音楽学者や指揮者の同業者の「おっ,こいつスコアをよく勉強してるな」っていう感覚でしょうか? でもそれも違いますよね?

好きな曲のスコアはいくつか持っていますが,単に聴きながら眺めて楽しむ程度なので,残念ながら音楽を聴いて「スコアの読みが深い」なんて思えるほど音楽を理解していません。私の書く文章など単に素人の表面的な好き嫌いを述べているに過ぎません。その音楽を聴いただけで「スコアの読みが深い」って思えることって私から見るととてつもなくすごいことです。そんな感想を書けるくらい音楽を深く理解したいものですね。

明けましておめでとうございます。

明けましておめでとうございます。新年の挨拶がすっかり遅くなってしまい失礼しました。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

ブログを始めてから約半年弱になりました。ここまで続けることが出来たのもひとえにアクセスしてくださる皆様のおかげと感謝しております。

今後,どのくらいのペースで継続していけるかはわかりませんが,末永く,気長にお付き合いいただけるとうれしく存じます。

リピートの省略について思うこと

私はリピートを律儀に行っている演奏が好きです。同じ部分を二度聴きたいということではありません。リピート記号をはさんで頭に戻ってまた始まる,この音符の時間的な流れはリピートをするからこそ始めて生まれます。この音符の流れを聴くのが好きなんです。この一瞬のためにリピートをして欲しいと言っても過言ではありません。私は私なりにリピートの音楽的価値を感じています。リピートが省略されていると,単に二回あるべきところが一回になったという以上に,何かを失っているように感じるのです。本来あるべき音楽のつながりが失われているからではないかと思っています。

ですので,リピートが省略されていると,かなりがっかりします。グールドのゴルトベルク変奏曲でさえ,素晴らしい音楽に心躍りながらも,一方でリピートが省略されていることに腹立たしさを覚えながら聴いています。これに限らず様々な演奏でリピートの省略が見られます。そんな演奏に出会う度に「あぁ,またか...」と思ってしまうのです。

私がリピートを行って欲しい理由は上述の通りですが,そもそも,なぜリピートを持つ形式が生まれてきたのか,そしてなぜ作曲家はその形式を採用したのか,ということを考えると,それはその形式の音楽的価値を認めたからに他ならないと思うのです。そしてそれを演奏者への指示としてその手でリピート記号を楽譜に書き込んでいるのです。

Webを見ていると,なぜリピートが省略されるのかについての記述がいろいろと見つかります。しかし,どの理由を見ても,それは作曲者の意志というよりは,演奏者側の論理,自己都合にしか私には見えませんでした。明らかに冗長で省略する方が音楽的価値が上がるケースもあるかもしれませんが,どちらかといえば省略することによって音楽的に何かを失うケースの方が多いのではないでしょうか。

私にとってリピートが省略された演奏は,極論すれば,音楽を心底楽しむための最低限のスペック(仕様)を満たしていません。私たち音楽愛好者は演奏という「商品」をお金を出して買うわけですから,スペックを確認した上で購入したいわけです。しかし,このリピートを行っているか省略しているかという重要なスペックが示されているものは皆無です。これはちょっと納得がいきません。

さらに,リピートをどう扱うかはその演奏家がその作品に対してどう向き合っているのかという姿勢そのものですから,省略するならどういう考えでそうしているのかも併せて示してもらえると,私たち一般の音楽愛好者にとっても音楽を理解する手助けになると思うのです(といいますか,パッケージにスペックを明記しないのであれば,その説明責任があるのでは?...っていうのはちょっと言いすぎでしょうか)。今後はレビューの中でリピートの省略について気がついた範囲で出来るだけ触れていきたいと思っています。

リコーダー奏者の本村睦幸さんは自身のブログ上で「アリアリ主義宣言」をされています(「アリアリ」については本村氏のブログをご参照下さい)。アリアリ主義,大賛成です。是非広まって欲しいものです。たかがリピート,されどリピート。

戯言にお付き合いいただき有り難うございました。

Side Bからの記事の移行

一番最初の記事でも書きましたが,本ブログは“Side B … 日々の鑑賞メモ 走り書き”というWebページの代わりとして始めました。記事の移行が滞っていましたが,これから少しずつやっていきます。すでにご覧になった方には既読記事ばかりになって申し訳ありません。

掲載ディスク一覧を作成しました

過去の記事が俯瞰しにくかったので,ちょっと面倒だったのですが,CD試聴記のサイト上にブログの掲載ディスク一覧を作成してみました。よろしければ過去記事のご参照に使ってください。

好録音度

本ブログでは「好録音度」を★で示しています。だいたいの目安は下記の通りです。

  ★★★★★ 素晴らしい!大好きな録音
  ★★★★  なかなか良い
  ★★★   良くもないが悪くもない
  ★★    あまり良くない,好みではない
  ★     全く良くない,全く好みではない

例示していませんが,☆は★の半分を示すと思ってください。なお,あくまでも私の主観であり,その時点の印象で付けています。評価は次第に変わっていく可能性もあり,都度付け直しますのでその点ご了承下さい。

ブログ開設にあたって

日々聴いている音楽のメモを残していこうとブログを開設しました。溜まる一方の未聴CDを一つ一つ聴いていく動機付けという意図もあります。新譜・旧譜・ジャンルにこだわらず取り上げられればと思っています。

本ブログでは特に「録音」に重点を置いて書いていきたいと考えています。私の録音に対する考え方については追って説明したいと思っています。

実は以前より「CD試聴記」というWebサイトで「Side B … 日々の鑑賞メモ 走り書き」という頁をやっていたのですが,これをブログ化し,さらに,もう少し内容を録音中心にしていこうと考えています。当面は前述のサイトの記事の移行から始めます(従って,移行記事は内容が録音中心でない場合もありますがご了承下さい)。

ではよろしくお願い致します。

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